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伊達 宗村(だて むねむら)は、陸奥仙台藩の第6代藩主。伊達氏宗家第22代当主。 == 生涯 == 享保3年(1718年)5月27日、第5代藩主・伊達吉村の四男として生まれる。母は正室・冬姫。 藩儒田辺希文が師傳を務める。長兄の伊達村匡(むらまさ/むらただ、享保7年(1722年)没)および次兄の伊達菊次郎は早世、三兄の伊達村風(むらかぜ)も分家を興していたため、代わって嫡子となる。 初め久村(ひさむら)と名乗っていたが、のちに第8代将軍・徳川吉宗から偏諱を受けて宗村〔伊達家当主は2代前の綱村以来、祖先の伊達宗村に由来する「村」の字を通字としており、それまでの伊達家の通字と同字である「宗」の偏諱を吉宗から授けられたことにより、鎌倉時代の宗村と同名を名乗ることとなった。なお、その後も曾孫の周宗・斉宗兄弟が使用するまでは引き続き「宗」の字の使用を避けている。〕と改名し、吉宗の跡を継いで紀伊藩主となっていた徳川宗直の娘・利根姫を正室に迎えた。寛保3年(1743年)、父・吉村から家督を譲られた。父と同じく文学面に優れ、多くの書を残している。また、馬術、槍術、剣術、軍術、砲術にも精通していた智勇兼備の人物であった。 宝暦2年(1752年)、仙台藩は大凶作に見舞われた。このため、亘理郡中泉村の農民・北原金平に年貢を軽くして欲しいとの直訴を受けたが、参勤交代の帰途での直訴であったため、宗村は金平を宅地・田畑没収の上、磔刑とした。 宝暦6年5月24日(1756年6月21日)、39歳で死去。家督は嫡男・国村(重村)が継いだ。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「伊達宗村 (仙台藩主)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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